認知症は、本人だけでなく家族にとっても大きな試練となります。「あれ?おかしいな」と感じた日から、診断、そして日々の介護まで、多くの家族が戸惑いや不安を抱えながら過ごしています。
本記事では、認知症の親を持つ家族の体験をもとに、初期症状への気づき方から実践的な対応方法、そして効果的なケア方法までをご紹介します。同じ悩みを抱える方々の道しるべとなれば幸いです。
「あれ?変だな」から始まった認知症
認知症は、ある日突然に始まるわけではありません。多くの場合、「なんだか最近おかしい」という小さな違和感から始まります。しかし、その微妙な変化に気づくことが、早期対応への第一歩となります。
見逃しやすい初期症状
父の認知症が疑われ始めたのは、78歳のときでした。当初は「年のせい」「疲れているだけ」と思っていた些細な変化が、次第に無視できなくなっていきました。
初期に見られた変化としては、以下のようなものがありました:
- 同じ話を何度も繰り返す:昔から話好きだった父でしたが、ある時から「さっき話したこと」を忘れて何度も同じ話をするようになりました。初めは聞き流していましたが、1時間の間に5回も同じ話をするようになり、明らかに違和感を覚えました。
- 物の置き忘れが増える:「財布がない」「めがねを誰かが隠した」と言い出すことが増えました。後で見つかるのですが、自分が置いた場所を忘れているだけなのに、「誰かが隠した」と主張することが増えました。
- 料理の手順が分からなくなる:毎日自炊していた父が、突然「炊飯器の使い方が分からない」と言い出したときは衝撃でした。何十年も使っていたはずの炊飯器の操作方法が分からなくなっていたのです。
- 日付や曜日の感覚がずれる:「今日は何曜日?」と聞くことが増え、病院の予約日を何度も間違えるようになりました。カレンダーを見ても、今日の日付を理解できないことがありました。
- 性格の変化:温厚だった父が、些細なことで怒りっぽくなりました。特に新しいことへの対応や、予定の変更に過剰に反応するようになりました。
「変だな」と思ったらすべきこと
こうした変化に気づいたら、取るべき行動があります:
- 記録をつける:いつ、どんな様子が気になったかメモしておきましょう。医師の診察時に具体的なエピソードを伝えられると、適切な診断につながります。
- 本人を責めない:「さっき言ったでしょ!」と指摘するのではなく、さりげなくフォローするようにしましょう。責められると本人の不安や混乱が増します。
- 早めに専門医に相談する:かかりつけ医に相談し、必要に応じて認知症専門医の紹介を受けましょう。早期発見・早期対応が重要です。
- 家族間で情報共有する:離れて暮らす兄弟姉妹とも状況を共有し、今後の対応について話し合っておくことが大切です。
父の場合、最初に気づいてから専門医に診てもらうまでに半年ほど時間がかかりました。「年のせいだろう」と思っていた時間が、結果的に対応の遅れにつながってしまったことは反省点です。少しでも気になることがあれば、遠慮なく医療機関に相談することをお勧めします。
怒りっぽくなった親にどう接すればいい?
認知症の進行に伴い、多くの方が性格の変化を経験します。特に「怒りっぽくなる」「攻撃的になる」という変化は、家族にとって精神的な負担となります。
なぜ怒りっぽくなるのか?
認知症の方が怒りっぽくなる理由には、以下のようなものがあります:
- 不安や恐怖:自分の状況が理解できず、不安を感じている
- 混乱:状況把握ができないことによる混乱
- 自尊心の低下:できないことが増えたという自覚からくる焦り
- 脳の変化:前頭葉の機能低下により感情コントロールが難しくなる
父の場合、特に「財布がない!誰かが盗った!」と怒り出すことが増えました。実際には自分で別の場所に置いただけなのですが、そのことを指摘すると余計に怒りが増すという悪循環に陥っていました。
効果的な対応方法
父の怒りに対して、当初は「そんなことないでしょ」「ちゃんと探せばあるよ」と論理的に説明しようとしていましたが、それが逆効果だと気づきました。以下の対応方法に切り替えてからは、少しずつ状況が改善していきました:
- 感情に共感する:「財布が見つからなくて不安なんですね」と、まずは気持ちを受け止める
- 一緒に探す姿勢を見せる:「一緒に探しましょう」と協力的な態度を示す
- 責めない、正さない:「あなたが置き忘れたのよ」という指摘は避ける
- 気分転換を図る:長引く場合は、好きな飲み物を出すなど話題を変える工夫をする
- 落ち着いた声で話す:こちらが興奮せず、ゆっくり落ち着いた口調で話す
特に効果的だったのは、父の怒りの原因となる「失くし物」の対策として、財布や鍵などよく使うものの置き場所を決め、見つけやすい工夫をしたことです。例えば玄関に「鍵掛け」を設置し、財布は引き出しの決まった場所に置くようにしました。
また、「誰かが盗った」という妄想的な訴えに対しては、「盗んでいない」と否定するのではなく、「それは心配ですね。一緒に探しましょう」と共感しながら行動することで、徐々に落ち着くようになりました。
怒りへの対応で最も大切なのは、「認知症の症状」と理解し、本人を責めないことです。どんなに理不尽に感じても、本人は自分でコントロールできない状況にあることを忘れないようにしましょう。
認知症と診断された直後、まずやったこと
父が「アルツハイマー型認知症」と診断されたとき、ショックと同時に「これからどうすればいいのか」という不安に包まれました。しかし、その診断は対策を立てるスタート地点でもあります。
診断直後にやるべきこと
診断を受けてから1ヶ月の間に、以下のことに取り組みました:
- 病気について学ぶ:アルツハイマー型認知症の進行過程や症状について書籍やインターネットで調べました。地域の認知症カフェで先輩介護者の話を聞くことも参考になりました。
- 医療・介護体制の構築:
- かかりつけ医と認知症専門医の連携体制を確認
- 地域包括支援センターに相談し、利用可能なサービスを確認
- 介護保険の申請手続き(要介護認定の申請)
- ケアマネジャーの選定と今後のケアプラン作成
- 家族間の話し合い:兄弟姉妹と今後の介護方針や役割分担について話し合いました。誰がキーパーソンになるか、通院の付き添いや金銭管理は誰が担当するかなど、具体的な役割を決めました。
- 金銭・財産管理の整理:
- 銀行口座や保険証書などの財産状況の確認
- 通帳や印鑑の保管場所の整理
- 今後の金銭管理方法の検討(成年後見制度についても情報収集)
- 服薬管理の仕組みづくり:
- お薬カレンダーの導入
- 薬の一包化を薬局に依頼
- 服薬時間のアラーム設定
- 安全対策の実施:
- 家の中の危険箇所チェック(階段、浴室など)
- 火の不始末防止のためのIHコンロへの変更
- GPS機能付き携帯電話の準備
特に役立ったのは、地域包括支援センターへの相談でした。制度やサービスの説明だけでなく、地域の認知症カフェや家族会の情報も教えてもらい、同じ悩みを持つ家族との交流ができたことは大きな支えとなりました。
また、認知症の診断書は様々な手続きに必要となるため、複数枚もらっておくと便利です。介護保険の申請や、場合によっては運転免許の返納手続き、各種割引制度の申請などに活用できます。
デイサービス嫌いの親をどう説得したか
認知症ケアにおいて、デイサービスなどの社会的サービスの活用は、本人の生活の質を保ち、家族の負担を軽減するために重要です。しかし、多くの方が「行きたくない」と拒否されるという壁にぶつかります。
デイサービスを拒否する理由
父も当初、強くデイサービスを拒否していました。その理由を探ると:
- プライドの問題:「自分はまだそんな場所に行く必要はない」という思い
- 不安と恐怖:知らない場所、知らない人との交流への不安
- 自宅志向:慣れた自宅が一番安心できる場所だという気持ち
- 恥ずかしさ:「みんなに認知症だと知られたくない」という気持ち
特に父の場合は「自分はまだボケていない」という思いが強く、「ボケ老人が行くところ」というイメージを持っていたようでした。
成功した説得方法
半年ほどかけて、以下のアプローチでデイサービス利用へとつなげることができました:
- 「お試し」という形で提案:「一度だけ見学に行ってみよう」と敷居を低くする提案をしました。「気に入らなければ行かなくていい」と選択権を与えることで抵抗感が減りました。
- メリットを本人視点で説明:「リハビリができる」「料理が美味しい」「将棋の相手がいる」など、父の興味に合わせたメリットを強調しました。「認知症ケア」という視点ではなく「楽しみや趣味」の視点で説明しました。
- 医師からの「指示」という形:主治医に相談し、診察時に「リハビリのために週1回通いましょう」と医学的な観点から勧めてもらいました。医師の言葉には従順だった父は、これがきっかけで抵抗が弱まりました。
- 送迎の工夫:初めは家族が一緒に行き、慣れてきたら施設の送迎サービスを利用するという段階的なアプローチをしました。
- 好きなスタッフをつくる:事前に父の趣味や好みをスタッフに伝え、共通の話題で会話をしてもらうよう依頼しました。父が野球好きだったことから、野球に詳しいスタッフと相性が良く、その人がいる日を選んで通うようにしました。
- 称賛と感謝の言葉:デイサービスから帰ってきたときは「行ってくれてありがとう」「みんな喜んでいたよ」と感謝と称賛の言葉をかけるよう心がけました。
最初は週1回、2時間だけの利用から始め、徐々に時間と頻度を増やしていきました。3ヶ月後には週2回、6時間の利用が定着し、現在では「行かない日」の方が不満を言うほどになりました。
重要なのは、無理強いせず、本人のペースを尊重しながら徐々に慣れてもらうアプローチです。また、「デイサービス」という言葉自体に抵抗がある場合は、「健康教室」「リハビリ」など別の言葉で表現する工夫も効果的でした。
回想法・音楽療法…やってよかったこと
認知症の方との関わりでは、薬物療法だけでなく、様々な非薬物療法が効果を発揮します。特に父との関係が改善し、生活の質が向上したと感じる取り組みをご紹介します。
効果的だった非薬物療法
- 回想法:昔の写真や思い出の品を見ながら、過去の体験を語ってもらう方法です。父の場合、古いアルバムを一緒に見ることで、驚くほど鮮明に過去の出来事を話すようになりました。特に若い頃の仕事の話や結婚当初の思い出は、いつも生き生きと語ってくれます。 実践方法:
- 古い写真アルバムを整理し、時系列で並べる
- 「このときどんな気持ちだった?」など、感情を引き出す質問をする
- 否定せず、じっくり聞く姿勢を大切にする
- 話した内容をメモしておき、次回の話題につなげる
- 音楽療法:父の若い頃に流行った音楽を流すことで、驚くほど表情が明るくなり、時には歌詞を覚えていて一緒に歌うこともあります。認知症が進行しても、音楽の記憶は比較的保たれることが多いようです。 実践方法:
- 若い頃に好きだった歌手や曲のCDやプレイリストを用意
- 朝の支度時や入浴前など、リラックスしてほしい時間に音楽を流す
- 可能であれば一緒に歌ったり、手拍子をしたりして参加を促す
- 音楽を聴いたときの反応をメモし、喜ぶ曲のリストを作る
- アロマセラピー:ラベンダーやオレンジなどの精油を使ったアロマディフューザーを寝室に置いたところ、夜間の不穏が減り、睡眠の質が改善しました。香りの力は脳に直接働きかけ、リラックス効果をもたらすようです。 実践方法:
- ラベンダー(リラックス効果)やオレンジ(気分を明るくする効果)など目的に合わせた精油を選ぶ
- ディフューザーやアロマスプレーで空間に香りを広げる
- 好みの香りかどうか、本人の反応を見ながら調整する
- 軽い運動:天気の良い日は近所を15分程度散歩することを日課にしました。歩行機能の維持だけでなく、日光を浴びることで体内時計が整い、夜間の睡眠改善にもつながりました。 実践方法:
- 無理のない範囲で毎日同じコースを歩く
- 季節の変化(花、紅葉など)に注目しながら歩く
- 地域の人と挨拶を交わす機会を大切にする
- タッチケア:肩や手をやさしくマッサージすることで、言葉以上にコミュニケーションが深まりました。特に言葉でのコミュニケーションが難しくなってきた時期には、このスキンシップが大きな支えになりました。 実践方法:
- ハンドクリームを使って手をマッサージする
- 肩や背中を軽くさする
- 常に声をかけながら、相手の様子を見て行う
日常生活で取り入れやすいケア
毎日の生活の中で、無理なく続けられるケア方法も重要です:
- 脳トレーニング:簡単な計算問題や漢字ドリルなど、負担にならない程度の知的刺激を与えることで、脳の活性化を促します。父の場合、特に数独(ナンプレ)が気に入り、毎日の日課になりました。
- 役割を持ってもらう:「新聞を取りに行く」「ポストを確認する」など、簡単でも毎日の役割を持ってもらうことで、自己効力感を維持できます。父は郵便物の整理を担当することで、「自分はまだ家族の役に立っている」という実感が持てていたようです。
- ペットとの触れ合い:小型犬を飼い始めてから、父の表情が明るくなりました。世話をする対象ができたことで生活に張りが出たようです。責任が重すぎない程度の小動物との触れ合いは、情緒の安定に効果的です。
- 習慣化された日課:毎日同じ時間に同じことをする「ルーティン」を作ることで、認知症の方は安心感を得られます。朝の体操、お茶の時間、テレビの時間など、規則正しい生活リズムを作ることを心がけました。
これらの取り組みに共通するのは、「できないこと」に注目するのではなく、「できること」「楽しめること」に焦点を当てるという姿勢です。認知症があっても、その人らしく生きられる環境づくりが最も大切なのだと実感しています。
まとめ:認知症ケアの基本姿勢
認知症の方との関わりで最も大切なのは、以下のような基本姿勢ではないかと思います:
- 尊厳を守る:認知症があっても一人の人間として尊重する
- 共感する:言葉ではなく気持ちに寄り添う
- 焦らない:ゆっくりとしたペースを大切にする
- 柔軟に対応する:その日その時の状態に合わせて対応を変える
- 自分も大切にする:介護者自身の心身の健康を保つ
認知症の症状は人それぞれ異なりますし、日によっても変化します。マニュアル通りにはいかないことが多いですが、「その人らしさ」を大切にしながら、試行錯誤を重ねていくことが大切です。
また、介護者自身が孤立せず、専門家や同じ立場の人たちとつながりを持ち、時には助けを求めることも重要です。認知症との向き合い方に「正解」はありませんが、お互いを尊重し合いながら、その人らしい日々を過ごせるよう支えることが、私たちにできる最善のケアなのではないでしょうか。
この記事が、認知症の方とそのご家族の生活の質の向上に少しでも役立てば幸いです。


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