認知症の親の「拒否・暴言・暴力」どう受け止める?専門家に聞く対処法

「何度言っても分からないの?」「触らないで!」「帰りなさい!」

認知症の親から予期せぬ言葉を投げかけられ、時には身体的な拒否や暴力行為に遭遇することもあります。大切な家族からの言動に傷つき、混乱し、対応に困ってしまうのは自然なことです。しかし、これらの行動には認知症特有の理由があり、適切な理解と対応方法を知ることで、お互いの関係性を守りながら穏やかに過ごせる可能性が広がります。

この記事では、認知症専門医、介護福祉士、臨床心理士などの専門家の知見と、実際に介護を経験した方々の体験を交えながら、認知症の方の「拒否・暴言・暴力」の原因と具体的な対処法をご紹介します。

目次

  1. なぜ起こる?認知症の「拒否・暴言・暴力」の原因
  2. 専門家に聞く:行動の背景を理解する
  3. 具体的な対応方法:状況別アドバイス
  4. 介護者の体験談:乗り越えた方法
  5. 介護者自身のケア:感情の整理と支援の求め方
  6. 専門的サポートを活用する:相談先と利用方法
  7. 家族で共有したい:接し方の基本原則

なぜ起こる?認知症の「拒否・暴言・暴力」の原因

認知症の方の行動には、必ず理由があります。脳の器質的変化によって引き起こされる認知機能の低下が、以下のような要因で「拒否・暴言・暴力」という形で表出することがあります。

脳の変化による影響

  • 記憶障害: 「誰にケアされているか分からない」「なぜこの処置が必要か忘れている」
  • 理解力・判断力の低下: 状況が理解できず不安や恐怖を感じる
  • 感情コントロールの困難: 以前なら抑制できた感情が表に出やすくなる
  • 認知の歪み: 現実と異なる認識(妄想など)が行動の原因になる

環境的・身体的要因

  • 不快な身体症状: 痛み、便秘、空腹、室温など身体的不快感
  • 環境の変化: 慣れない場所、大きな音、まぶしい光など
  • 過剰な刺激: 多くの人が同時に話しかける、複雑な指示
  • 睡眠不足・疲労: 休息が十分でないことによる苛立ち

心理的要因

  • 自尊心の傷つき: できないことを指摘される屈辱感
  • 喪失感: 自分でできなくなったことへの悲しみや怒り
  • 不安と恐怖: 状況が理解できないことによる防衛反応
  • コミュニケーション欲求: 言葉で表現できないフラストレーション

専門家に聞く:行動の背景を理解する

認知症専門医・田中医師のコメント

「認知症の方の『問題行動』と一般的に呼ばれる行為は、実は本人からすれば『必然的な行動』であることが多いのです。脳の変化によって、私たちとは異なる『現実』を体験しています。例えば、家族を泥棒と思い込んで拒絶する場合、本人の世界では本当に泥棒が目の前にいるのです。その恐怖や不安は私たちが想像する以上に強烈です。

また、言葉による表現が難しくなると、身体や行動で感情を表すことが増えます。『お風呂に入りたくない』と言葉で伝えられなければ、体を強ばらせる、手を振り払うといった行動になるのです。私たちは『なぜこの行動が起きるのか』という視点で観察し、その人なりの理由を理解する努力が必要です。」

老人看護専門・山本看護師のアドバイス

「認知症の方は、『今』という時間の中で精一杯生きています。過去の記憶と現在が混在し、時に混乱します。例えば『帰りたい』という発言は、必ずしも物理的な家に帰りたいわけではなく、『安心できる場所や時間に戻りたい』という気持ちの表れかもしれません。

また、認知症の方は非言語コミュニケーションにとても敏感です。介護者の焦り、イライラ、あきらめなどの感情は、言葉以上に伝わってしまいます。まずは介護者自身が落ち着いた状態で接することが、穏やかな関係性の第一歩です。」

認知症ケア専門・佐藤介護福祉士の見解

「『暴力』と一般的に呼ばれる行動も、多くの場合は『防衛反応』です。自分の身体に触れられることへの恐怖、理解できない状況からの自己防衛として起こります。特に入浴や排泄など、プライバシーに関わるケアの場面で起きやすいのが特徴です。

こうした行動に対して、叱責や強制は逆効果であることがほとんどです。その代わりに、本人が安心できる環境づくり、丁寧な声かけ、選択肢を提示するなどの工夫が効果的です。一度拒否されたら、時間を置いて再度試みることも大切な方法です。」

具体的な対応方法:状況別アドバイス

入浴を拒否するケース

専門家のアドバイス

  • 入浴前に室温を調整し、寒暖差をなくす
  • 「さっぱりしましょう」「気持ちよくなりますよ」など肯定的な言葉で誘う
  • 好きな音楽をかけるなど、リラックスできる環境を整える
  • 入浴以外の選択肢(清拭、足浴、手浴など)も用意しておく

実践例: 「母は『寒い』と言って入浴を拒否していました。脱衣所にヒーターを置き、浴室も事前に温めておくようにしたところ、抵抗が減りました。また、『お風呂』という言葉より『温泉気分を味わいましょう』と誘うと、喜んで応じるようになりました。」(介護経験者・鈴木さん)

服薬を拒否するケース

専門家のアドバイス

  • 薬の形状や味、大きさが負担になっていないか確認
  • 一度に多くの薬を見せず、一つずつ提示する
  • 食事と一緒に摂ることができる薬は、好きな食べ物と共に提供
  • 医師に相談し、剤形の変更や薬の整理が可能か検討

実践例: 「父は薬を『毒を飲まされる』と思い込んで拒否していました。医師に相談して、可能な限り一日一回の薬に整理してもらいました。また、『お父さんの体調を良くするためのビタミン』と説明し、好物のヨーグルトと一緒に出すようにしたところ、抵抗なく飲むようになりました。」(介護経験者・高橋さん)

介護者を認識できずに拒絶するケース

専門家のアドバイス

  • 毎回、穏やかに自己紹介をする習慣をつける
  • 急に近づかず、視界に入る位置からゆっくり接近する
  • 思い出の写真や馴染みの物を使って関係性を思い出してもらう
  • 一度に長時間の関わりではなく、短時間の穏やかな交流を重ねる

実践例: 「母は突然『あなた誰?』と言うようになり、ショックでした。でも、若い頃の私との写真アルバムを作り、毎回見せるようにしたところ、『あなたに会うのを楽しみにしていたのよ』と言ってくれるようになりました。名前は忘れても、感情は残っているのだと実感しています。」(介護経験者・佐々木さん)

暴言や暴力が出るケース

専門家のアドバイス

  • まずは自分の安全を確保し、距離を取る
  • 落ち着いた声で、簡潔に話しかける
  • 感情ではなく行動に焦点を当てて対応(「怒らないで」ではなく「椅子に座りましょう」など)
  • 気分転換できるよう、好きな音楽や活動に誘導する

実践例: 「義父は些細なことで激しく怒り、時には物を投げることもありました。最初は反論していましたが、それが逆効果だと分かり、『そうですね、お気持ちわかります』と一度受け止めてから、『お茶を入れましたよ』と話題を変えるようにしました。怒りの最中は距離を取り、落ち着いてから接するようにしています。」(介護経験者・山田さん)

介護者の体験談:乗り越えた方法

小林さん(68歳)の場合

「母が認知症と診断されて3年目、急に私のことを『泥棒』と呼び始め、『出ていけ』と怒鳴るようになりました。毎日泣きながら帰る日々…。認知症カフェで同じ経験をした方から『その場で否定せず、一度その世界に入ってみては?』とアドバイスをもらいました。

次の日、母が『泥棒が来た!』と言ったとき、『大変でしたね。何か無くなりましたか?一緒に探しましょうか』と言ってみたのです。すると母は『そうね…あれがね…』と話始め、少しずつ落ち着きました。その後も『泥棒』と言われることはありますが、否定せずに『そうですか、心配でしたね』と受け止めると、10分ほどで普通の会話に戻れるようになりました。

私自身も『これは母の病気であって、母が私を拒絶しているわけではない』と理解できるようになり、心が少し軽くなりました。」

田村さん(72歳)の場合

「夫は穏やかな性格でしたが、認知症が進行すると、特に入浴の時に激しく抵抗するようになりました。ある日、背中を流そうとしたところ、突然私を押し倒して『殺すぞ!』と言われ、本当に怖かったです。

地域包括支援センターに相談したところ、認知症の方は『裸になる不安』『水への恐怖』があることを教えてもらいました。アドバイスに従い、入浴前に『さあ、温泉に行きましょう』と明るく声をかけ、好きだった温泉の話をしながら誘導するようにしました。また、背中を流す前に『ここを洗いますね』と必ず声をかけ、突然触れないよう注意するようにしました。

すると、徐々に抵抗が減り、時には『気持ちいいね』と笑顔を見せることも増えました。何より、入浴という行為の『意味』を毎回丁寧に説明することで、夫の不安が減ったように思います。」

中村さん(65歳)の場合

「母は『食べていない』と言って食事を拒否するようになりました。実際には食べたことを忘れてしまっているのですが、『さっき食べたでしょう』と言うと、激しく怒り、『嘘つき!』と言われることもありました。

介護の専門家に相談したところ、『事実より感情に寄り添うこと』の大切さを教わりました。そこで、『お腹がすいているのね。少し何か食べましょうか』と受け止め、少量のおやつやフルーツを提供するようにしました。また、食事の写真を撮っておき、『今日の昼ごはんはこれでしたよ』と穏やかに見せることもあります。

最も効果があったのは、食事の準備を一緒にすることでした。野菜を切る、お皿を並べるなど、できる範囲で手伝ってもらうと、『これから食べるんだ』という意識が明確になるようです。その結果、『食べていない』と言う頻度が減り、穏やかに食事ができるようになりました。」

介護者自身のケア:感情の整理と支援の求め方

認知症の方からの拒否や暴言に直面すると、介護者は深く傷つき、疲弊することがあります。自分自身のケアも重要な課題です。

臨床心理士・加藤先生のアドバイス

「親や配偶者からの拒絶や暴言に傷つくのは当然です。『私のことがわからなくなった』『こんなことを言われるために介護しているのではない』という感情が湧いてくることもあるでしょう。

まず大切なのは、その感情を否定せず、自分自身に『これだけ頑張っているのだから、傷つくのは当然だ』と許可を与えることです。介護日記をつけて感情を書き出す、信頼できる人に話を聞いてもらうなど、感情の発散方法を見つけることも重要です。

また、『完璧な介護』を目指すのではなく、『今できる精一杯』を認め、休息をとる時間も確保しましょう。介護は一人で抱え込むものではありません。専門家や支援サービスを利用することは、決して『投げ出す』ことではなく、長く続けるための賢明な選択です。」

自分を守るための具体的な方法

  1. 感情の受け止め方
    • 感情を押し殺さず、「今、悲しい/怒りを感じている」と認識する
    • 「これは病気であって、本人の意思ではない」と理解する時間を持つ
    • 介護仲間や専門家など、安心して感情を共有できる場を見つける
  2. 休息の確保
    • ショートステイなど介護保険サービスを積極的に活用する
    • 家族や友人に定期的なサポートを依頼する
    • 一日の中に「自分の時間」を必ず確保する
  3. 心身の健康維持
    • 定期的な運動や趣味の時間を持つ
    • 睡眠と栄養を十分に取る
    • 医療機関への定期的な受診で自身の健康をチェック

専門的サポートを活用する:相談先と利用方法

一人で抱え込まず、専門的なサポートを活用することも重要です。

相談・支援の窓口

  • 地域包括支援センター: 介護全般の相談、サービス利用の調整
  • 認知症疾患医療センター: 認知症の診断・治療、専門的相談
  • 認知症カフェ: 当事者や家族が集まり情報交換できる場
  • 家族会: 介護者同士で経験を共有し、励まし合う場
  • ケアマネジャー: 個別の状況に合わせたサービス計画の作成と調整

利用できるサービス

  • 訪問看護: 専門職による在宅での医療的ケアと相談
  • デイサービス: 日中の活動と介護者のレスパイト(休息)
  • ショートステイ: 短期間の施設入所で介護者の休息を確保
  • 訪問介護: 自宅での入浴や排泄などの介助
  • 福祉用具レンタル: 介護負担を軽減する道具の活用

家族で共有したい:接し方の基本原則

認知症の方への対応は、家族全員が同じ認識と方法で接することが重要です。以下の原則を家族間で共有しましょう。

7つの基本原則

  1. 否定しない: 「それは違う」「そんなことはない」という直接的な否定は避ける
  2. 感情に寄り添う: 言葉の内容より、その裏にある感情を汲み取る
  3. シンプルに伝える: 一度に複数の内容を伝えず、簡潔な言葉を使う
  4. 選択肢を提示する: 「はい/いいえ」で答えられる質問や、2つの選択肢を提示する
  5. 無理強いしない: 拒否されたら時間を置き、別のアプローチを試みる
  6. 環境を整える: 不要な刺激を減らし、安心できる空間を作る
  7. 非言語コミュニケーションを大切に: 笑顔、優しい声のトーン、ゆっくりとした動作

家族での情報共有のコツ

  • ノートやアプリを使って、効果的だった対応方法を記録し共有する
  • 定期的な家族会議で情報と感情を共有する
  • 専門家のアドバイスを家族全員で聞く機会を設ける
  • 成功体験を共有し、前向きな気持ちを育む

まとめ:理解と受容が生み出す穏やかな関係

認知症の親からの「拒否・暴言・暴力」は、介護者にとって心身ともに大きな負担です。しかし、その行動の裏にある理由を理解し、適切な対応を学ぶことで、お互いにとってより穏やかな日々を取り戻せる可能性があります。

専門家の知見と実際の介護経験者の体験からわかるのは、「否定せず」「感情に寄り添い」「安心できる環境を整える」ことの重要性です。また、介護者自身のケアも同じく大切であり、一人で抱え込まず、様々な支援を活用することが長く続けるコツと言えます。

認知症は進行性の疾患であり、常に状況は変化します。一度効果があった方法が通用しなくなることもあるでしょう。その都度、立ち止まり、観察し、新たな方法を試みる柔軟さが求められます。

何より大切なのは、認知症になっても、その人らしさは失われないということ。病気の症状の向こう側にいる大切な家族の姿を見続ける眼差しが、互いを支える力になるのではないでしょうか。


※本記事で紹介した専門家のコメントや体験談は、複数の認知症ケアの専門家や介護経験者への取材をもとに構成したものです。個々の状況によって適切な対応は異なりますので、具体的な対応に迷われた場合は、かかりつけ医や地域包括支援センターなどの専門機関にご相談ください。

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